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渡仏、全国公開、そしてビデオリリースされる今日まで、松本人志の怜悧さが邪魔をしてしまって絶対つまらない映画だろう(以前のオリジナル・ビデオのように)...、と、一方的に決め付けていた『大日本人』(2007)をビデオ鑑賞。劇場用映画初監督作品である本作、思った以上に優れものでしたので少し書き留めておきます。
ちなみに合わせて鑑賞した北野武の『監督・ばんざい!』(2007)、ある意味こちらは完全に予想どおり、「一体誰がこれを望んでいるのか」、という類の作品。 ![]() ********************************************************* 『大日本人』は、コントやステージでのネタとしてお馴染みの、社会の弱者や社会的疎外を顕微鏡眼で捉える松本の視点が、そのままスクリーン向に拡大された映画でした。負け組として社会の片隅にひっそりと存在を隠遁しておきたいはずのお馴染みのそんな「弱者」を、ズームで寄って拾い上げる、のではなく、この映画では隠遁を許さず、全裸で巨大化させてしまいます。 これは倫理的にかなりキワドい線だと思いますし、中でも就寝中の大佐藤が無理やり変身(巨大化)させられてしまうイメージは、強制=弱いものイジメの構図を露骨に想起させるもので、テレビを表現の場としたときに感じられるであろう表現者としてのストレスを解消すべく、いったん映画というものを「選択してみた」のだろうと思います。 ![]() 松本はここでとりあえず映画を選択しながらも、ことごとく意識的に、映画を警戒、または映画を排除することで、映画であることとの真っ向勝負を回避しています。 そのための仕掛けは周到で、まずは進行をドキュメンタリーとして偽装し、さらに戦闘シーンはテレビ中継を偽装する、つまりは全編において映画(本作)の成立要素としての被写体を捉えるカメラの視点がことごとく排除されて、別のものに偽装されて映画が成立しています。 このように、映画を選択しながら映画であることを巧みに曖昧にしてしまう戦術というのは、初めて映画を撮るにあたってのある種の防備なのだと思いますし、単に進行・語りのうえでのテクニックであり、周囲からその輪郭を浮き彫りにする効果的な手段なだけかもしれませんが、やはり映画を映画として熱く取り組むことからの回避の姿勢であるだろうと思います。 で、ラストのオチではとうとう「ここからは実写でお楽しみください」と宣言されてしまうことになります。 松本がここで「実写」と表現するところの書割的コントに対して、「実写」ではないとされる映画本編は、CGを駆使するなどして現実にはありえない映像表現を捏造しているがゆえに「実写」ではない...というだけではなく、やはり上で書いたように、警戒して、計算して、執拗に防備策を施して構築された、本領で真っ向勝負とは言いがたい作為的な世界だったのだろうことが理解できます。 そして、そんな防備を必要としない「実写」映像に突入するに際して、これまでの映画に対する警戒・映画の排除の緊張感が弛緩するわけですが、ある意味逆に、ここまでの防備に慣れて安心できていた観客にとっては、「実写」の登場に至って一気に緊張が張り詰めてしまう、とも言えるのでしょう。(ちなみに私は後者でした) このように映画と取り組むにあたっての複雑な防備策を施した本作では、結果的に、北野武が映画監督デビューしたときのような、事故のように映画の神様がそこに降臨してしまう事態、そんな奇跡は起こり得ません。 そして防備策の役割は、「北野武のように映画の神様が降臨してくれない」、という落胆を受け入れることになる以前に、「そもそもそういう奇跡は必要としていないのだ」 と、先手を打って先に言い放ってしまう、という意味においても機能しているのでしょう。 してやられた感はありますが、私はとてもおもしろかったです。 でも、これはどう見ても手法として繰り返し使用できることではありませんので、そういう意味でも次回作があり得るとしたら楽しみです。...が、再び「映画を選択してみる」のはずいぶんと先の話になるのでしょう。 どの映画のとこにコメントするか? としばし迷い、ここに書くことにしました。「監督・ばんざい!」、酷かったですねえ。たけしという人は一連の山本モナ事件からもわかるとおり、「捨てる神、拾う神」で言ったらもう拾う神そのもので、決して見捨てず救いの手を差し伸べるところが人間的魅力なんだけど、今までの映画などを見ても、自分の愛人だのたけし軍団だの、プロに徹せず武じゃなくてたけしの部分を持ち込むと破綻してしまいます。だけどこの映画はそのレベルにも達してなくて、おっしゃるとおり「誰がこれを求めてるのか?」という感じでした。 で、まっちゃんの方は「シネマ坊主」を最初から読めばわかると思うけど、映画なんか全然撮ろうと思ってなかったんですよね。それがあの本を書くのにいろんなものを観て、出来たのが「大日本人」。だから観た時になるほど! とちょっとニンマリしてしまいました。まっちゃんにとって、本当にあれが面白い映画だったんでしょうから。 あ、ちなみに・・・結局感想は書かなかったけど、「ダークナイト」は鼻血がでそうなぐらい面白かったです。 こんばんわBBさん。
ブログじゃないほうにもたまにおじゃましてますが、「ダークナイト」は触れられてませんでしたよね。読むほうの鼻血が出そうな、勢いのいい感想をぜひ書いてください! 「大日本人」は、まっちゃんの天才が発揮されていたか?というとさすがにそうは上手くいってないと思いますが、記事にも書いてるとおり、イベント性だけで片付けることができない良い出来栄えだと思います。やっぱり、どうしても頭の良さが邪魔する瞬間というのはあるように思えたのも事実ですが...。 北野武は新作もフォローする予定がありませんが、どうなんでしょうね、モチーフとしての「絵」も「もういいだろう」と思ってしまうのですが、未見ですのでなんとも言えません。 BBさんご覧になってるのなら、ぜひ感想が聞きたいです。
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